2018年4月10日火曜日

「クレヨンの旅」書籍化しました!& web更新のおしらせ

絵本が出版されました。webのトップページにも載せました。笑
hayashi tomomi Web

こちらで買える・・・のですが在庫がわずかなので買えないかもしれません。
クレヨンの旅 笹川貴吏子 林友深 東京書籍

今、増刷のお願いをしています。

読んだ方は是非、amazonのレビュー書き込みをお願いします!
書いてくれたら、増刷になるかもしれません。
よかったら、お願いします。

メモ

大事なことは 抗うことだよ
従うことではないんだよ

教えるということは 心を矯正するということではないんだよ

目減りする真意を自分の想像力で満たしていくことが大事なんだよ

完成していることよりも観察することのほうが大事
うまいか、へたかよりも、全ての過程と結果をしっかり観察して新しい発見を増やしていくこと。


「芸術家」=「自ら考え、自ら決定し、自ら行動する人々」 by joseph beuys

 先生のメモ

2018年2月11日日曜日

2月のターニングポイント

作品は意図とか意味を伝えるものじゃなくて、想像できる空間を作ることだと思う。
他者がそこに足を踏み入れることができるってことだと思う。
それを私は作品のメッセージと呼ぶ。

いろんな画家、いろんな美術、たくさんの表現者と出会うと自分が変わっていく。
というか変わることも含めて、変わりゆく命は永遠にそのままなのね。
変容自体が自分なの。全部最初から全てあったもの。
結局人を通して自分の中の地図が鮮明になっていくということ。

解釈を放棄して純粋を保つ。個人的な方法論で遊びを更新する。
読みとり、ほどき、自分の体の成分と照応していることをただ感じる。

絵描きだから絵描きが好きだ。
音楽を奏でるから音楽家が好きだ。
コーヒーを淹れるから喫茶店の店員が好きだ。
小さい「好き」、小さい「知っている」がどんどん枝分かれして仲間を増やしていく。

前の自分と違うとき

変わったな、わたし、と感じて喜ぶことがあったりする
いまは元気だからそんな喜びが少しずつ毎日散らばってる。
それでふと、そういえば12月と1月は辛かった。と思い出した。
元気なかったけど、なんかふとした時に「あぁ、」と落胆していたのが、今はふとしたときに「あぁ、」と目の前のことに夢中になっていたことに気付く。
そういえば毎日元気だ。

元気な時に感じる喜びもあるけど、元気がない時に感じる喜びもある。

ほら、良いとか悪いなんてものはないんだ、やっぱり。

2018年1月30日火曜日

2018.1.29 mayu





 絵画造形教室の延長で個別指導させてもらっているまゆちゃんの作品です!


2018年1月25日木曜日

世に出るものたち

私が絵を描いた絵本が出版されます…

デザインしたスカジャンが販売されます…

春頃かなぁ…

嬉しい…いやぁ、ここまで長かったー!

子供の頃の夢かなう!

CARPEDIEM girlz BJJ ウェブサイト😊

http://www.carpediemgirlzbjj.com/

トップページに私が描いた絵が!
嬉しい。
石川さん、ありがとうございます。

2018年1月21日日曜日

春に向かう心

awai art centerの企画「冬のあわい」に冬についての手紙を書いたことがきっかけで、季節について注意深く観察するようになった。

駅までの通り道に畑があるんだけど、今朝は霜が降りてまっちろだった。
ちょっと踏んできた。
じゃぎじゃぎした。
お日様がてかてか地面を照らしはじめていた。

土は目に見えない温度を現象として見せてくれる。
その点、フェンスやコンクリートはあまり表情を変えない。
雨が降ったら色が濃くなり艶が出るくらい。(これもある意味私の観念)
自然の情報量と表現の豊かさは無駄と思えるほど。
でも自然がもたらす情報が減ったら虫も動物も植物も人間も生きられなくなる。

全部「何かが生きること」の体現で、全てが生きていくための活動で、そこに意味も意義もない。

芸大の卒展のページ見て、先端は今も先端だなと思った。
シンプルでも複雑でもいい、考え過ぎでも感じ過ぎでもいい。

エンドレスポエトリーもそんな映画だった。
ナンセンス、って感じなんだけど、目まぐるしく変化する毎日全然違う気分になる自分を見ているようだった。

バイト先の人の旦那さんが能楽師らしい。
風姿花伝大好きなので嬉しい。
能はまったくくわしくないけと゛、
芸能史には興味ある!!

2018年1月20日土曜日

忘れる忘れない思い出す

普段思い出さないのに夢にはときどき出てくる友人がいる。

接客のとき息継ぎのタイミングがちょっと変わる。

私が最近心がけているのは「できない」とか「私はなあ」みたいなニュアンスを想像しないこと。

ぐるんと後ろに向き返ってしゃがみこんで過去と向き合うんじゃなく、ぱっと振り向いてぱっと戻り、進みながら考えること。
これを反射的にできるようになるということが、前向きに健康に生きるということなんだと思う。

全ては条件反射。その反射は癖。癖は単純に日々の積み重ねによってしみついた行為。
癖は治せる。
ご飯の食べ過ぎも、お酒の飲み過ぎも、SNSやり過ぎも、コーヒー飲み過ぎも、やだって思ったらやめられる。

今日いいと思ったことが明日わるいことになる。

月は満ちたり欠けたりするけれど、実際は表面におちる影の大きさが変わっているだけ。
しかもその月は、同じ面しか見えておらず、裏側は地球から見ることができない。
人間も同じようなものだと思う。
ここに現れているものは何かの表面でしかない。そしてそれすらも満ちたり欠けたりする。
表面という立体。「欠けた」ように見える影。

100円ショップでなかなかクオリティの高い月の文鎮を見つけて買った。
満月の文鎮だった。
それは球体ではなく、半円だった。

半円の満月だった。

2018年1月14日日曜日

一周してだるま

デビルマン crybaby観ました。

主観も客観も失われた完全なる忘却の淵へ、持ってかれた。

私じゃなくて細胞が泣いてた。


音と映像にぐらっぐらきすぎて気づかなかったんだけど
OPの曲、電気グルーヴなの??
恐ろしい。恐ろしい。


完全に自我を忘却した。


そして不意に目にとまった、カレンダーの中心のだるま・・・

私じゃなくて細胞がだばー。って泣いてた。

自分の残虐性、計り知れない優しさ
全ての可能性が泣いてた。

2018年1月13日土曜日

ほんのすこし参加!展覧会のおしらせ

長野県松本市で友人の茂原奈保子さんが運営しているアートスペース " awai art center "で、「冬のあわい」という展覧会がはじまっています。
「家をせおって歩く」でおなじみの美術家 村上慧さんが企画した、かまくらの中の団欒みたいな素敵な展覧会のようです。♪

企画の1つとして、これまでawaiに関わった人たちにお手紙を送りその返事を待ち、もらった手紙を展示するということで、私も年末に二人からの手紙を受け取りました。

返事の内容は、冬について。
誤字2つあるんですけど。文章、打つだけだとほんとに漢字書けなくなりますね。ふとしたときに。

ちなみに年明けには二人から年賀状を受け取りました。なのでそちらも本気でお返事をしました。
竹かごをかぶった狛犬のイメージで、移住を生活する、犬。


あわいの企画については村上慧のウェブが写真もあってわかりやすかったです。こちらです。
http://satoshimurakami.net/journal/
awai art centerのウェブはこちらです、今週末の遠藤一郎さんのイベント情報なども!
https://awaiartcenter.tumblr.com/
松本はカフェが有名ですね。また、まるもでモーニング食べたい。洋食屋さん行きたい。蕎麦食べたい。give me little more行きたい。信州大学のみなさんにも会いたい。
2月にお邪魔します!!


2018年1月10日水曜日

エネルギーという龍

自分の「魂」というか、なにかエネルギーがある。それは巨大な龍のような存在だと感じる。私はその龍を乗りこなせないで、たくさんの感情を撒き散らしている。精神状態はそんな感じ。魂のエネルギーと自身の感情の距離感はそんな感じ。魂はどっしりとしなやかなはずなんだけど、感情が常に前のめりで、ガタガタしていて落ち着かない。そんな感情を、「はー、やっとるなぁ」と遠くから見つめている自分も感じている。
だって、なんかやたらと考え込みがちなんだけどさ、まずわかってることで、嫌いな人なんていないじゃん。憎んだりしてないじゃん。
誰に対しても愛があって、感謝する気持ちがあるなぁとわかってるから、十分でしょ。
きれいごとばかりじゃないけどさ。みんなおんなじなんだと思う。
ほんとは、にくいとか嫌いとか、ないんだと思うんだな。
そのかわり、好きもないと思う。悪い意味ではなく。
愛することと好きは違うな。
やっぱり感情は表面に現れてくるものでしかなくて、大事なのはそこに紐づく大きなエネルギの流れと巡りなんだ。それが愛の源であるはず。
わかりやすく伝えることを意識していると前に書いたけど、いま書いてるのは全て自分でもあまり反芻せず、感覚的に言語を書き連ねています。
何か伝えたい意図が明確にあるわけではなく、今の気づきと一致した表現を自動的に書き起こしているのです。
よくわからないそのままを適当に読み流してください。

最近わかったこと

「なんとなくこうなる気がする」とか「なんかそう感じる」という直感。これが全て当たっている。
大体直感は当たる。長い目で見ればどんな直感も当たります。
「仲良くなれる気がする」も、「うまくいかない気がする」も、全部訪れるので。

直感には希望が含まれていると思う。こうなったら良いな、という気持ち。
状況を動かすのは、やっぱりその直感に含まれる希望の部分の大きさなのだと思う。
私は自分の直感に自信がある。
長い目で見れば、それが私を救ってくれる確かな力になるんだろう。

芸術家は物理学者です。

ブログは唯一わたしがリラックスしてお話しできる場所。
なにやらとても生きづらいけど、それはそれでわたしの養分になってるなと感じる。
楽しいこともたくさんあるし。
食べ物の成分にはいろんな配合があるけど、人は全ての感情を持っている。
短気な人にもおおらかな面があるし真面目な人にも大雑把な面がある。
だから、人の性質を断定するのにもされるのにも抵抗がある。
そんなことでいちいち混乱する自分にはとてもいやになるけど…。
うまく切り替えたり、安定していくまでの過程を丁寧にやりたいと思っています。
ま、じ、め。

ほんとになんでかわからないけど毎日全然気分が違う。
不安定と言われるけど、もっと違う捉え方があるんじゃないかと考えている。
ある意味前向き。
「ある意味」とか「視点を変えてみれば」とか「逆に」が成立するということは、何に関しても、「言葉ではなんとでも言える」ということなんだ。
表現に答えがないように、人の心にも答えはない。自分を成立させるということは、完成させることとは違うんだね。
私はまだまだ未熟だ。でもそれに気が付いた時、ワクワクしてくるものなのだ。


芸術家は自分と世界を冷静に観察し、法則を見つけ出し、目に見えないエネルギーを捉える。
言葉にできないものをありありと見ている。

私は私を諦めそうになる。
でも諦めない気がする。
ジタバタジタバタし続けて、どこかで転機が訪れるのだろう。

良いことでも悪いことでも、出来事を受け入れていくことでしか成長できない。

私が私である限り、私は私を奮い立たせ、動かし続けなければならないと思う。

2018年1月4日木曜日

いい天気だなぁ〜

人の雰囲気にその場が影響を受ける。

舞台袖の緊張感とか楽屋の和やかなムードとか、舞台に出てきた瞬間に空気を変える役者とか。



場のエネルギーが生物に影響を与える。

地下の水脈とか、それによって変わる地質とか、育まれる植物の種とか風土とか。




星の巡りが生命の運動に連続している。

潮の満ち欠けとか毎日のリズムとか。




最近文章をわかりやすくしてみたりしてる。
まずは「伝える」ことを親切にやってみようかなと思って。
わかりやすいのも自由律もポエムも全部素晴らしいと思うけどね!

人を褒める機会が多くなったのは先生をやるようになったからだ。
安易になんでも「かわいい」「すごい」というのは気をつけないといけないなと思うけど、小さい良いところもすぐ感じとれるのは楽しい能力。

2018年1月2日火曜日

全てをたとえはじめる

あけましておめでとう。
初夢は初めて付き合った人とどじょうを食べに行く夢でした。
なんでだよ!
他にも、好きな男の人ができて、でもその人は「みんな」とご飯を食べないと歯がポロポロ落ちてしまう病気の人で、「みんな、呼んでくるからね!みんなでご飯食べよう!」て食事時にみんなを呼ぶという尽くし方をする夢。

なんでだよ!

たぶん、寝る前に吉田戦車の「ぷりぷり県」を読んだせい。

こんな時節ですので占いを片っ端から読むんだけど、具体的にどうするかは全部自分の想像力にかかっているんだなと思います。

素敵な曲の歌詞をきいて自分が体験した何と照らし合わせるかは私がどのベクトルに舵をとるかにかかっているのです。



みんなが私をもっと面白がれるように。

今年は抱負が豊富です!!


2017年12月30日土曜日

素朴な言語 本能 芸術

面と向かって褒めてくれる女性はいても、男性は仲が良くてもあんまり言わない。
私はあんまりない。
口説くつもりでもなく、ただ思ったから褒めてくれる男性はとても素敵だと思う。
そんな素敵な行為を謙遜して上手くキャッチアンドリリースしちゃだめ。
上手く受け答えできることより、素直に受け止めるほうがよいコミュニケーションだと思う。
びっくりして恥ずかしいけど嬉しいんだから、嬉しいって伝えないとだめ。
もしも相手が下心まんまんでも、こわがらない。いやがらない。
モテても疲れないタフな人間に自分が変わるほうが絶対いい。

ありがたく、素直に受け止めよう。
良い言葉を全部自分の力にする。

自分がこんなに変わったのは子供と関わるようになったことが大きい。
素直で健やかでしなやかな肉感。拙い発音と大きな声。
触れるとすごくありがたい感じがする。元気になる感じがする。
ずっといると疲れるけど。
子供は色んなことを教えてくれる賢者であるように感じる。
神のような存在にも感じる。
やはり子供には神秘的な力がある。

褒めるのが上手くなくても、褒められるのが上手くなくても大丈夫。
ちゃんと気持ちが入っていれば、かならず伝わる。
私も素直な人を見習って男女関係なく、人を素直に褒めるぞって思った。
言わなくてもいいのにちゃんと言うって、すごい。
言われた私はその日のMVPだ。
そうか。これって褒め言葉に限らない。
逆に、ここが良くないと言われることもそうだ。
それを言ってくれたことってすごい。
それに、よく聞いてみると褒め言葉が実は込められてたりするんだろうな。
それを聞き取る。

アートって人間が作り出すものではない、やっぱりないのだと思った。
そもそも、自我の存在も、おそらく物理現象によって生起するもので、生きるために必要だからある、だけど実際のところそんなものはない。というのが真理なのだと思う。

面白いのは人間はかえりみることに真剣なところ。
文脈を理解したい、ルーツを知りたいというのは原初に回帰したい欲求なのだろうし、それは「悟りの境地に達したい」とも近いし、ある意味で「死にたい」にも近い。
人はあらゆるものを分類することが好きだし、集めることが好きだ。
しかし常に目の前には分類できないものが現れ続ける。
私は強い自我を薄めていこう。全てが一体になる瞬間に、もっと深く身を投じるために。
大きなことも小さなことも同じような運動が起きていることに気づくと風が吹く。

2017年12月20日水曜日

本の衝動買い

今日は本を4冊買いました。
心に刻みつけたいことが書いてあります。

昨晩は一休さんこと一休宗純のエピソードとか、南方熊楠の知恵とか、そういうの続けざまにテレビで観た。
偉大な教えを全てうけつごうとしても、杯に水を移しつづければ少しずつ目減りする。
教えは受け継がず、継承せず、ゼロにする。ゼロからはじめる。
自分で考えてこそ教えは生き続ける。
というところに痺れた。
物理法則と哲学は繋がっています。



2017年12月15日金曜日

自分の人生で何か一つ、やるべきことがある気がして、そこに向かって「地面を踏みしめる」

ブラックユーモアって、ブラックに対する偏見がそもそも備わっている言葉かもしれない。